アジアのMakers by 高須正和
ゲームの世界から飛び出そう——中国版学生ロボコン「RoboMaster」の狙い
DJIによる大規模なロボットコンテストRoboMasterは、2013年からパイロット版が行われ、2015年に第1回が行われてから9年目を迎える。2023年大会を、日本のロボコニストOBたちで構成されている次世代ロボットエンジニア支援機構Scrambleの方々と視察したところ、技術とカルチャーの両面で中国のロボコン界が大きく進化していることがうかがえた。
ロボコン王国日本でも見られない複雑なレギュレーション
「ロボティクス/ロボット技術」というのはハードウェアとソフトウェアを組み合わせた技術の多くが内包される、範囲の広い言葉だ。
日本はこの分野で強豪国と言える。日本の大学は国際的なロボットコンテストで何度も上位入賞している。
アジア・太平洋放送連合が主催するABU(Asia-Pacific Broadcasting Union)ロボコンはアジア各国で大学大会が開催され、決勝ラウンドは各国代表が戦うハイレベルな戦いだが、2023年度は日本の豊橋技術科学大学が見事優勝を果たしている。中国は3位だった。
このABUロボコンに出場するロボットも走り回るだけでなく、的を狙う、輪投げの輪を飛ばすなどの複雑な機構を高精度に組み上げるスキルが必要だ。決まった動きや照準などを自動化するチームも多く、AIなどの技術も求められる。
中国国内で開催されているDJI RoboMasterはさらに大規模で複雑だ。
RoboMasterは、ロボットが弾を撃ち合い、自陣を守りながら連携して相手の基地やロボットを攻撃するロボット競技大会だ。Hero、Engineer、Standardなどそれぞれ役割が違うロボットが3種類5台、加えてドローンと自動操縦のSentryロボ、遠距離攻撃用のDartロボなどを含めて1チームに7種類9台必要になる。
どのロボットも操縦者が直接目視することはできず、カメラとFPVディスプレイを介した操作になるほか、レギュレーションで完全自動と決められているものもある。
弾丸のヒットを確認するシステム、無線通信のシステム、モーターごとのテレメトリーなどのシステムはDJIから提供され、ロボットごとに仮想的なヒットポイント、エネルギーなどが設定されていて、フィールドに現れるアイテムを活用することで回復やパワーアップ、機能のアンロックなどが可能になる。
FPV画面のインターフェースや、アイテムを拾って配置するロボットアームのためのマスター・スレーブコントローラーなども各チームで作り込む必要があり、この RoboMaster以外には見られない規模と複雑さ、かつ要素技術の幅が広いロボットコンテストになっている。
ルールの複雑さや要素技術の幅広さは、大会やエンジニアのレベルと直結するものではなく、 RoboMasterとほかのロボットコンテストを直接比較して短絡的な解釈をするのは馬鹿げている。一方で、これほど複雑で大規模な大会を短期間で大きくした関係者の努力と、それを支えた文化には、エンジニアなら誰でも興味を抱くだろう。
中国全土から1万人以上が参加する大規模な大会
RoboMasterは幅広い要素技術により、大規模なチームを必要とする分、参加するチームが少ないかというとそんなことはない。2016年時点で地区予選を含めて226チーム7000人強の学生が参加。2023年に会場内で流れたビデオでは、参加学生は1万人を超えたという。シンガポールや日本などの国際チームも毎年参加している。新型コロナウイルス感染症拡大前は北米でも大会が開催されていた。
RoboMaster大会はDJIという一企業が始めたものではあるが、「優勝チームは技術公開が義務付けられ、次年度のスタートラインがそこから始まる」というオープンソース文化的な大会ルールや、コンピューターゲームに似た世界をフィジカルなロボットで再現することで「若いオタクをゲームの世界から実際のエンジニアリングに引っ張り出す」「技術者が裏方でなく、スポットライトを浴びる場所を作る」などの理念が中国の産業界や各地方政府の求めるものと合致し、規模の点でも世界最大級のものになっている。強豪校にはモーターやAIプロセッサーなどを開発しているさまざまな企業がチーム単位で機材提供、協賛しているケースも多く、高校野球の強豪校のようだ。
大会はプロの撮影スタッフにより中国のビリビリ動画で生配信され、ロボットへのHP表示や弾丸の軌跡が生配信中にリアルタイムで合成して表示されるなど、映像技術開発の場ともなっている。
大規模なコンテストを支える中国の文化、社会の後押し
大量のロボットと多様な要素技術を必要とするということは、参戦するチームも大規模になるということだ。各地区大会で勝ち残り、決勝大会に進むようなチームはどこも50人規模の学生と、ロボットを故障時の予備を含めて複数台用意する体制で臨んでいた。
地区予選では中国の地方自治体が会場提供などで協力し、また好成績を収めたチームの学生はロボットを中心としたテクノロジー系企業への就職が、普通の学生とは異なる好条件で選び放題だという。
だが、大会を見ていて感じたのは、そうした実利的な面を超えたところにある、「この大会に参加することが楽しい」という学生のモチベーションと、「ロボットコンテストの開催そのものが素晴らしく、そこでしか学べないものがある」という社会全体の後押しだ。
強豪校はどういう環境で開発をしているのか
決勝大会後、会場周りで記念撮影をしていた学生たちに声をかけて仲良くなり、それをきっかけに筆者の住む深圳から近い広州に位置する華南理工大学のロボットクラブ「華南虎」の部室にお邪魔することになった。
華南理工大学は2023年の中国の大学ランキングで26位に位置する、1学年6000人規模の(日本の東京工業大学は1200人ほど)の大きな大学だ。華南虎では、 RoboMasterの活動は1、2年の学生が中心になって進めている。普通科から進学する学生が2年であの複雑なロボットを作り大会に出ていくのは驚くべきことだ。
華南虎では RoboMaster以外の活動も行っている。小猿は「大学1年は大会を体験し、2年で本格的に参戦する。3年以降は専門性を深めて、自分のプロジェクトをやるべきだ。加工やAI、回路設計などの専門分野で協力するといったことでは上級生も RoboMasterに関わっているが、チームの中心が大学2年であることは、良いことだと思う」と語る。
訪問した9月5日は、中国の新学期が始まったばかり。華南虎も新入生勧誘の時期で活動は本格化していなかったが、活動の様子を一部見せてもらった。
- 華南虎が取り組む、 RoboMaster以外のさまざまなロボット大会や、それぞれの技術要素を含めて情報を共有できる部内wikiとトレーニング。普通科出身の学生がほとんどなので、まずは基本的な電子工作やAIなどについてトレーニングし、それからロボット製作に入る。
- 教務課と交渉して空きスペースを作り、木工専攻の学生たちと協力して作ったデモコース。
- ゲーム専攻の学生たちとUnityで作った、操縦練習用のシミュレーション環境。
- グラフィックボードを備えたゲーミングPCを持ち込む機械学習担当の学生など、機械加工以外を得意とする部員が多い。
- 前年度の大会でロボットのカメラが撮影した映像などがアーカイブされており、次年度以降の機械学習トレーニングなどに使う。
- 学内に巨大なマシニングセンタや多くの旋盤があり、アルミなどを加工できる。
こうした活動ぶりから、規模や予算が大きいだけでなく、学生らしい創意工夫やネットワークの広さ、そして体系化して積み上げていくエンジニア力が感じられた。
「勝つコツは、魔法みたいなものはなくて、なるべく早く練習試合ができる状態のロボットと環境を整えて、ひたすら試合しては修正を繰り返すこと。華南虎では学内の半地下物置スペースが使われていないのを見つけて、教務課と交渉して練習コースを作った。
本番よりも幅が狭くてレイアウトを変えているし、半開放スペースなので空調がなく蚊も多いが、練習できるのが大事。隣接するキャンパスに、強豪校の華南農業大学がいるのはラッキーで、なるべく毎週練習試合をするようにしている」と語る小猿は、来年(2024年)8月の大会時は修士課程の卒業寸前。
「博士への進学は考えていないし、まだ具体的な企業は決めていないけど、卒業後は深圳でロボティクスの仕事をするつもりだ。来年の戦いは深圳で一緒に見れたらいいね」と筆者に語った。
また、小猿は自分の華南虎訪問、部内の体制やデモプログラムなどの説明を、日本の RoboMaster参加チームなどにZoomで生配信することを許可してくれ、日本のロボコニストからの質問には全て答えてくれた。
また、この訪問時に彼らが開発した操縦シミュレーター「SimulatorX」を紹介してもらったことから、日本のRobomaster参加チームの間でSimulatorXを使った練習試合が行えるようになり、今後はシステムの日本語化なども視野に入れている。こうして技術交流が進むのはすばらしいことだ。
日本からの新しいロボット競技、エンジニアへのメッセージ
今回の RoboMaster見学は、次世代ロボットエンジニア支援機構Scramble代表理事の川節拓実先生に誘っていただいた。Scrambleでは、 RoboMasterのようにマシンビジョンに寄せた複雑さを持ちながら、もう少し参加しやすくした日本のロボット競技「CoRE(The Championship of Robotics Engineers)」(CoREではエンジニアに焦点を当てるという狙いから、ロボットのコンテスト=ロボコンという略称ではなく、ロボット競技としている)を立ち上げている。そのほか、小学生向けのロボット競技入門プログラムなど、次世代のロボットエンジニアを育成するさまざまな活動を行っている。
川節先生は今回の RoboMasterや華南虎視察の感想として、
「(RoboMasterは)今回の2023年大会が9年目らしく、なぜ10年足らずでここまで成長できたのか、特に参加大学をどうやって増やしたかをDJIの方に聞く機会をもらいました。DJIによると、中央政府自体がこの大会を後押ししていて、無名の大学にとっては名前を売るだけでなく、指導教員にとってもプロモーションが有利になるようになっているとのこと。つまり大学で実学を学ぶ観点からRoboMasterに参加する取り組み自体も、そこで結果を残すことも大学や教員の評価に結び付くシステムが構築されているということでしょう。それなら大学、教員としても力を入れられるし、参加する動機になるのも納得で、日本のサークル活動とは意味が違うのだろうと思います。3位だった華南理工大学はメインのロボット製作者が学部2年生で、上級生は研究に加えてロボカップ(自律移動型ロボットの競技会)に力を入れている人もいるらしく、低学年でうまく実学を学んだ上でそれが研究活動にも生かされているのだろうと推測します。
日本と中国、同じ学生であってそう違わないはずですが、取り巻く環境が違い過ぎて、日本はどう追いつきどう追い越したものか考えさせられた数日間でした。いろいろ教えてくださったDJI、選手の方々、視察に協力いただいた皆様には感謝しかありません。この歳になって中国自体初めて行ったのですが、現実を改めて見せつけられて本当に良い勉強になったと思います。
私たちとしては、昨年からスタートさせたエンジニア選手権を、5年以内にこのレベルにまで持っていって、この選手権を見た人に、日本にはまだまだ世界と技術、ロボットで戦っていける人材が豊富にいると思ってもらえるようにするつもりです」
と語っている。
日本を含め、世界の各所でエンジニアに注目が集まっている。RoboMasterやCoREのように、学生のうちから力を試し、注目される環境が年々増えているのは素晴らしいことだ。