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片割れになってしまった食器のペアは3Dプリントで蘇るのか

今は亡き祖母から受け継ぎ、10年以上使っている食器たち。2つ一組だったのに割ってしまい、1つだけになってしまったものもちらほら。ペアがなくなったことで使いづらくなり出番が減ってしまいました。ならば、3Dプリントを使って新しく食器の片割れを作り、ペアを復活させよう! 3Dプリント製なのに食洗機もレンジもOKな食器作りと、作った容器の検査にチャレンジしました。

消えた食器を復活させたい

かつてはこの食卓で使われていた食器が今は我が家の食卓にある。 かつてはこの食卓で使われていた食器が今は我が家の食卓にある。

亡くなった祖母から受け継がれ、実家で使われていた食器。一人暮らしを始める時に私が受け継ぎ、大学生の時も、社会人になり、結婚してからも、引っ越し先でも、ずっと使ってきました。高いものではないでしょうが愛着があります。ただ、悲しいことに私は食器を割るのが得意。受け継いだものもいくつか割ってしまいました。

記事を書き始めてからも1つ割ってしまった(これは自分で買ったもの)。 記事を書き始めてからも1つ割ってしまった(これは自分で買ったもの)。

セットが崩れ、1つになってしまった食器は使いづらく、いつしかほとんど使わなくなってしまいました。しかしある日、我が家に新しく3Dプリンターが加わることに! これを使って、なくなってしまった食器の片割れを復活できないだろうか? 食器を3Dスキャンし、3Dプリントして新たなペアを作ってみます。

今回ペアを作るのはこの食器たち。お茶わんとガラスの器は祖母から受け継いだもの、おちょこは友人にもらったもの。 今回ペアを作るのはこの食器たち。お茶わんとガラスの器は祖母から受け継いだもの、おちょこは友人にもらったもの。

3Dプリント品を食器に使って大丈夫?

3Dプリントで食器を作るとなると、気になるのが安全性。「食べ物に直接触れるものを作って大丈夫なの?」ということで調べてみました。主なリスクとして以下の要素が挙げられていました。

PrusaのWebサイト内の情報1、2を基に筆者が作成。黄色は材料に関するリスク、赤が製造中のリスク、緑がその他。 PrusaのWebサイト内の情報1、2を基に筆者が作成。黄色は材料に関するリスク、赤が製造中のリスク、緑がその他。

3Dプリントに限らない話ですが、まずは安全な材料で混入物がないように作る、ということですね。最後の「積層痕やインフィル内での細菌の繁殖」はFFF(熱溶解積層)式3Dプリントという製造法に特有の問題です。積層による細かな凹凸があるために汚れや水分が残りやすく、細菌が繁殖するリスクが一般的な食器よりも高くなります。また、インフィル100%ではなく内部に空洞がある状態で出力する場合、外側に破損があり内部に汚れや水が入ってしまうと、そこで細菌が繁殖してしまう懸念があります。

今回はこれらを気にしつつ食器を作っていきます。自分で使う分には自己責任となりますが、販売する場合は食品衛生法に基づき定められた適格基準を満たす必要があるので注意しましょう。今回は販売しませんが、記事用に制作した食器の一部を検査に出してみました。後半に検査結果を載せているので、最後までご覧ください。

食品容器に使えるフィラメントを発見

まずは安全な材料。食品容器に使えるフィラメントを探します。たどり着いたのがCentaur PPというフィラメント。プラスチック製保存容器などにも使われる、ポリプロピレン(PP)を原料としています。FDA(アメリカ食品医薬品局)とEUの食品安全基準の両方に適合していて、食品容器に使える上、電子レンジも食洗機もOK! 家庭用の3Dプリンターで印刷できるとのことで、早速お試し用に少量で販売しているフィラメント一式を購入しました。

透明、白、黒の3色。 透明、白、黒の3色。

食器をスキャンしてデータ作成

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材料が手に入ったら、データを作成します。3Dスキャナーでいざスキャン!

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スキャンしたモデルはこのとおり。お茶わんは釉薬のひびまで再現されています。一方でガラスの器には苦戦しました。透明なものや光を反射するもののスキャンは難しいため、反射を抑えるスプレーを使用しましたが、完璧にはいかず。データの穴が開いている部分などはソフトで手直しをします。

スプレーが雑だったのか、一部はぼそぼそに。 スプレーが雑だったのか、一部はぼそぼそに。

3Dプリントする

買ったばかりの新しい3Dプリンターで印刷します。これなら過去に使ったフィラメントが混ざることはありません。

印刷の設定では、破損して内部に水が入るのを防ぐために、通常よりシェル(外側の壁)を厚くしました。はじめはなかなかきれいに印刷できず苦労したものの、最終的にはそれぞれの食器の形が復元でき……たものもあれば、うまくできなかったものも。

データがうまく作れなかったガラスの器は、内部にぼそぼそした凹凸ができている。 データがうまく作れなかったガラスの器は、内部にぼそぼそした凹凸ができている。

材料は3Dプリントでよく使われるPLAやABSより柔らかいため、出力物も柔らかめです。それぞれ感触が違い、しっかりインフィルを詰めたおちょこはカチカチ。インフィルを少なくしたお茶わんは強く力をかけるとわずかに歪みます。透明な器はスパイラルモードという1層だけの印刷にしたため、ふにゃふにゃしています。

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出力したものに穴がないかチェック。器に水を入れて漏れないか、また、ためた水に器を入れて、空気が出てこないか確かめます。結果は、お茶わんとおちょこはOK。1層のみで印刷した透明の器は、一カ所穴が開いていて水漏れしてしまいました。残念。

表面処理をいろいろ試してみる

3Dプリント食器のリスク要因の1つ、積層痕。ない方が洗浄、乾燥がしやすく、細菌が繁殖しづらいです。そこで大事なのが後処理。削る、塗る、溶かす、さまざまな方法があります。PPは削るのが難しいので、まずは塗装によるコーティングを試してみました。

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ウレタン塗料は市販の食器でもよく使われる素材です。食品衛生法認可と記載のあった2液性のものを使用してみました。2液を混ぜてはけで塗っていきます。3回重ね塗りをしました。

右が塗った後。少し黄味がかっている。 右が塗った後。少し黄味がかっている。

厚い塗料ではないので、触ると積層痕はまだ感じられますが、塗料を塗っていないものと比べるとつるっとしています。コーティングの意味はありそう。ただ、はけで塗った際に、ほこりがちらほら入ってしまいました。

さらに、色付けもしてみます。陶器用のアクリル絵の具を使用。筆で描いた後、150℃で焼成することで絵の具が定着します。

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元の食器の模様は簡単そうに描いてあるのですが、自分でやってみるとこれが難しい。釉薬の痕がうっすらあるので、ガイドとして使えばそっくりに描けるだろうと高をくくっていたら、小学生の夏休みの工作みたいになってしまいました。この細い線できれいな渦巻きを描ける職人さんってすごいですね。

右が3Dプリントしたもの。目を細めて見ると元の食器に似ている。 右が3Dプリントしたもの。目を細めて見ると元の食器に似ている。

もう1つやってみて面白かったのが、熱で表面を溶かす処理。プリント品にクッキングシートを当て、その上からはんだごてで溶かします。たまたま荒れた部分を修正しようと一部を溶かしてみたら、なんだかいい雰囲気に。全面に施すと北海道土産の木彫りクマのような面白い表面になりました。

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細かな積層痕が消え、ざっくりとした風合いになる。 細かな積層痕が消え、ざっくりとした風合いになる。

3Dプリント食器は本当に電子レンジと食洗機に耐えられるのか

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実際に使ってみましょう。まずは電子レンジで加熱チェック。チン! の後の器は陶器ほど熱くなくて持ちやすいですが、少し違和感が。お茶わんが気持ち柔らかくなっており、ぎゅっと押すと歪みます。ただ、折れて壊れる気配はありませんし、離せば元の形に戻り、冷めたら硬さも元通りです。溶けたり穴が開いたりといったことはありませんでした。

できた食器でご飯を食べてみます。ご飯を器によそって、いただきます!

新しく作った食器 新しく作った食器
元の食器 元の食器

軽いので違和感があるかと思いきや、ご飯が入ると意外に違和感がありません。夫は私が言うまで3Dプリント製であると気がつきませんでした。変な味やにおいはまったくありません。ご飯の味はもちろん変わらないですね。久しぶりに使った食器に、おばあちゃんちの食卓を思い出しつつ、おいしくいただきました。

食べ終わったら食器洗い。我が家は基本的に食洗機を使います。細菌の繁殖リスクも低くなるので、3Dプリント食器でも使いたいところ。熱水と熱風という過酷な環境は、我が家の食洗器非対応の食器をぼろぼろにしましたが、果たして3Dプリント食器はどうでしょうか。

ピーっと音が鳴ったら終了。取り出してみると、見事にきれいになっています。今日の献立では、特に積層痕による汚れ残りが目に見えるということはありませんでした。ただ、食洗機での洗浄が終わった直後の、ホカホカな食器はやはりちょっと柔らかかったです。柔らかい食器、ちょっと不思議な感じがして笑ってしまいました。その後10回程度食洗機にかけましたが、退色や質感などの変化はありませんでした。

本当に大丈夫なのかはどうやって調べるの? 試験に出してみよう

使用には問題ないことが分かった3Dプリント食器。安全性には気をつけつつ作ったつもりですが、実際はどうなのでしょう? 販売する食器に実施する試験を受けられないか調べてみました。

検査を受け付けているところはいくつかあります。今回は2つの検査機関に相談し、条件のあった検査機関にお願いしました(検査機関の希望により検査機関名は非公開)。今回の出力物は容器包装のポリプロピレン規格に当たり、一般的な試験内容としては下の項目になるとのことで、費用は4万6000円。おちょこの大きさだと、検体が25個必要とのことでした。

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残った材料で25個用意するのが難しかったため、容器包装の検査全体をやるのは断念。ただ、試験は受けてみたい……ということで、一部の検査のみ受けることにしました。さて、どんな検査を受けようか。リスクの表を見直したところ、今回考慮できていないのはノズルの摩耗による金属混入リスク。問題あるレベルで混入していないか? という点に絞って、調べてもらうことにしました。

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重金属の検査のみを受けられるか相談したところ、この検査は塗装に使う顔料などが主な対象で適切ではないとのこと。目的とノズルの素材(スチール)を伝えると、検査内容を提案していただけました。

費用は後日銀行振込で支払います 費用は後日銀行振込で支払います

必要な検体は5個。この内容で検査してもらうことにしました。検体(塗装を行わず3Dプリント出力のままの状態で検査を行いました)と検査申込書を同封して郵送します。2週間ほど待つと、メールと郵送で結果が返ってきました。この手順は容器包装の検査でも同じだそうです。思ったより利用しやすいと感じました(ただし法人のみで、個人での検査は受け付けていないとのこと)。

検査結果は?

検出されないはず、大丈夫だろうとは思いつつ、一抹の不安はあり、ドキドキしながら検査結果のPDFを開きます。すると「検出せず」の文字が! 良かった、3Dプリントおちょこを既に使っている身としては、ほっとしました。

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この結果は、検査対象の金属が検出されなかったことを示すだけで、容器として食品衛生法に適合しているとは言えません。また、あくまでこの3Dプリントおちょこについての検査結果なので、同じ素材を使って同じプリンターで作ったとしても安全とは言えません。

生まれ変わった食器を使い続けていく

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なくなった食器の片割れを、3Dプリンターで新たに作ってみました。安全性についても、完璧とは言えないけれど、家庭内で自分が使う分には納得できるものになりました。素材や色は変わったけれど、思い出を引き継いだ食器たち。元の食器とあわせてまた活用していきます。

おまけ:実はけっこう失敗しました

上ではさらっと書きましたが、実は3Dプリントに苦戦しました。まず、全然定着しません。マスキングやのりも効きません。専用の定着シートがあるのですが、それをPPテープで代用。やっとにょろにょろ以外のものが印刷できるようになりました。

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また、フィラメントをよく詰まらせてしまいました(このプリンターはPPフィラメントは非推奨)。特にオーバーハング部分がきついのか、高台(お茶わんの下の部分)でフィラメントが詰まり、無を印刷し出すことが多かったです。速度や流量などを調整して、やっとまともに印刷できるようになりました。

失敗したもの。高台だけたくさんできた。 失敗したもの。高台だけたくさんできた。
糸が重なったような隙間だらけの器も。 糸が重なったような隙間だらけの器も。

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